これらのがよく使われる助動詞です。
wile
~(し)たい
~(し)たい
ken
~(す)ることができる
~(す)ることができる
kama
~(し)始める
~(し)始める
awen
~(し)続ける
~(し)続ける
alasa
~(し)ようとする
~(し)ようとする
しかし、あと四つ助動詞があります。これらはそこまで使われませんが、知っていて損はありません。
sona
~(し)方を知る
~(し)方を知る
open
~(し)始める
~(し)始める
pini
~(し)終える
~(し)終える
lukin
~(し)ようとする
~(し)ようとする
sona
mi sona toki pona.
私はよく話す方法を知っている。
mi sona toki pona.
私はよく話す方法を知っている。
mi sona sitelen e waso.
私は鳥の描き方を知っている。
mi sona sitelen e waso.
私は鳥の描き方を知っている。
これらは ken を使ったりして言い換えることができます。
mi sona e toki pona.
私はいい話術を知っている
mi sona e toki pona.
私はいい話術を知っている
mi ken sitelen e waso.
私は鳥を描ける。
mi ken sitelen e waso.
私は鳥を描ける。
多少ニュアンスが変わるかもしれませんが、言い換えても意味は大体伝わりますね。
open と pini
mi open pali.
私は働き始める。
mi open pali.
私は働き始める。
mi pini pali.
私は働き終える。
mi pini pali.
私は働き終える。
すでに kama は「~(し)始める」という意味の前置詞句として役割がかぶりますね。トキポナ語話者の中には、 kama は「~(する)ようになる」、 open は「~(し)始める」と使い分ける人がいますが、「なる」ことと「始める」ことは表裏一体なのです。
mi kama sona.
私は知り始める。
mi kama sona.
私は知り始める。
mi kama sona.
私は知識豊かになる。
mi kama sona.
私は知識豊かになる。
pini も、「~(し)なくなる」と言い換えることができます。
mi kama pali ala.
私は働かなくなる。(=私は働き終える。)
mi kama pali ala.
私は働かなくなる。(=私は働き終える。)
また、 pini を動詞として言い換えることも可能です。
mi pini e pali mi.
私は私の仕事を終える。
mi pini e pali mi.
私は私の仕事を終える。
lukin
助動詞としての lukin は alasa と全く同じ意味です。
mi alasa sona e nimi.
私を単語を学ぼうとする。
mi alasa sona e nimi.
私を単語を学ぼうとする。
mi lukin sona e nimi.
私を単語を学ぼうとする。
mi lukin sona e nimi.
私を単語を学ぼうとする。
ならば、何が違うのでしょうか。助動詞 lukin は、ソーニャ・ラング氏が alasa という単語をトキポナ語に追加する前利用され、助動詞 alasa は後から使われ始めました。今は、約 15% が lukin を使い、約 15% が lukin と alasa を両方使い、約 70% が alasa を使います。1
なぜ alasa がよく使われるようになったのでしょうか。二つの理由が挙げられます。
- alasa のもともとの意味が「試みる」という意味により近いから。
- lukin と比べ、 alasa は用途が少ないので、トキポナ語コミュニティがより大きな意義を与えたかったから。